4月 10

龍谷大学経済学部教授 竹中正治

その1:経済・金融のグローバル化と先進国内の所得格差の拡大

 日本経済新聞が昨年12月から今年年初にかけて、「逆境の資本主義」というタイトルでシリーズ記事を連載した。そこで取り上げられている問題は多岐に及び、①先進国内部の所得格差と政治的分断の深まり、②先進国の低成長、③米国に代表される株主中心主義的な企業経営の再考、④情報独占という新しい独占企業群の台頭、⑤世界的な保護主義の強まり、⑥気候変動を含む地球環境問題、⑦中国を念頭に置いた国家資本主義の台頭などだ。

 1月に開催された世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議)でも、こうした諸問題をベースに「資本主義の再定義」が大きなテーマになったと言われている。これら全てをこの小論で扱うことは適わないが、経済・金融のグローバル化、並びに現代の技術革新が先進資本主義国の所得格差に与える影響を手短に整理し、さらに政治的な分断傾向との関係を3度程度に分けて読み解いてみよう。

資本主義とその発展段階

 まずそもそも「資本主義経済」とはどういう経済システムのことを言うのだろうか。市場を通じた商品の売買ならば古代から存在していた。資本主義経済が他の経済レジームから大きく異なる点は、労働、土地、資本という経済学で言う生産要素自体が商品化されて市場メカニズムによる取引の対象となっている点だ。

 しかし大枠でそのように定義されても、その様相は過去大きく4つの時代に区分されるのが経済史的に一般的である。第1は18世紀から19世紀にイギリスで典型的に発展した古典的資本主義、第2は19世紀から20世紀中葉にかけた帝国主義段階の資本主義、第3は、第二次世界大戦後の福祉国家型の資本主義、あるいは米国では1930年代のリベラルな改革に基礎をおき、戦後に発展した資本主義レジームである。この第3段階は、マルクス経済学派からは「国家独占資本主義」とも呼ばれていた。ただし今日に文脈では中国の資本主義を「国家資本主義」とも呼ぶことも多く、紛らわしい。

 資本主義経済は18世紀から19世紀にかけての労働者階級と資本家階級への分化の後、マルクスが語ったような「労働者階級の窮乏化」の果てに革命で終焉を迎えることなく、21世紀の今日にまで形を変えながら続いている。極めて大括りに言うと、そのベースには技術革新による所得の増進と、それを労働者階級を窮乏化させずに配分、拡大する仕組みを創出してきたからだと思う。その意味では所得配分と格差の問題は、資本主義のあり様を問う根幹的な問題だ。

経済のグローバル化と先進国内の格差拡大

 初回の今回は、先進国における所得・資産格差問題と90年代以降の経済・金融のグローバル化の関係について取り上げよう。今日の先進国の所得格差を考える上で欠かせない視点は、代表的にはブランコ・ミラノビッチによって語られる「エレファントカーブ」である(掲載図参照)。

 横軸を世界の所得分位、縦軸を所得増加率(期間1988-2008)とすると、図中のAの部分は中国やインドなど新興国の所得中上位層が多く占め、Bの部分は先進国の中下位層、そして右端のトップ1%は先進国の富裕層が主要に分布する。所得の増加率は新興国のAの部分と先進国の富裕層Cの部分が突出している一方で、主に先進国の中下位層のBは増加率がゼロ近傍で停滞している。BとCの部分に焦点を当てれば先進国内の所得格差の拡大であり、AとBの部分に焦点を当てると新興国経済の台頭と追われる既存先進国経済ということになる。

 なぜこのような変化が生じたのか。筆者自身の見解も交えながら説明しよう。ソ連の崩壊による米ソ冷戦の終焉後、旧社会主義圏を巻き込んだ経済のグローバル化が急速に進み、日欧米の製造業の途上国、新興国への企業進出が急激に進んだ。

 その結果、既存先進国の労働者は新興国の労働者との間接的、あるいは直接的に競合するようになり、新興国では労働賃金の上昇、先進国では逆に抑制が起こった。これは経済学で言う要素所得(この場合は労働所得)の均等化作用が強く働くようになったことを意味する。

 同時に90年代から急速に進んだ情報通信技術の革新は、主に先進国のホワイトカラー労働を機械でより安価かつ効率的に代替すること可能にし、ホワイトカラー層にも賃金に対する抑制要因が働いた。

 一方で、外国語(主に英語)と情報通信技術を使いこなし、グローバル化した経済・金融市場に適合した先進国の高学歴労働者の一部は所得を伸ばす一方で、ローカルな労働者との間での格差の拡大が起こった。このような先進国内部での経済格差の拡大は、実はかなり前から予見されていたことでもある。例えば筆者自身が2002年の著作の中で次のように述べている。

 「経済のグローバル化に伴い、外国で経営・管理に従事する国際的な経営職階、あるいは海外で技術指導や開発に従事する専門職階として、資本の移動性に適応する人材層が形成されている。こうした人材は雇用者全体に占める割合は少数であろうが、そのスキルと知識、希少性の故に高額所得層となり、しかも働く現地の一般的給与水準とは別の国際標準的な給与相場水準を形成しつつある。

 一方、製造業のブルーカラーに代表される労働については、貿易のみならず直接投資による資本移動が飛躍的に活発化した環境では、先進国と途上国の間で労働コスト(労賃)平準化の作用が強まる。したがって先進国の労働者についてはあまり楽観的な見通しは立たない。つまり、海外への生産シフトと技術移転が途上国の労働による代替圧力を強める結果、先進国においては趨勢的な労賃水準の抑制が働こう」(竹中2002、257ページ)

 エレファントカーブに示される世界的な所得階層の変化は、既存先進国と新興国との平均的な所得格差を縮小した。その一方で先進国内部では、グローバルなビジネス環境に適応し、その資産運用についても国際的なリスク分散投資から恩恵を受ける高所得層と、企業の新興国や途上国への移転で製造業が空洞化する中、ローカルな労働力にとどまる中下位の所得層の間の格差が拡大したと言えるだろう。

出典:ブランコ・ミラノビッチ

引用文献
ブランコ・ミラノビッチ(BrankoMilanović)「大不平等」(GlobalInequality)邦訳、みすず書房、2017年
東京三菱銀行調査室編「米国経済の真実」東洋経済新報社2002年
竹中正治「終章~米国を基点とした経済グルーバル化時代のメッセージの検証~」

筆者経歴
竹中正治氏は龍谷大学経済学部教授。1979年東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、為替資金部次長、調査部次長、ワシントンDC駐在員事務所長、国際通貨研究所チーフエコノミストを経て、2009年4月より現職、経済学博士(京都大学)。最新著作「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」(光文社、2013年5月)
以上

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