History 
歴史

  • 沿革

一般財団法人 アジア・南洋協会の前身は日本で初めての財団法人である南洋協会です。南洋協会は1915年1月30日(大正4年)に設立されました。
設立された当時、日本は明治維新の開国政策後の近代的な資本主義が勃興し、日清・日露戦争に勝利、列国と肩を並べることになりました。清帝国では革命運動、西太后が没し、辛亥革命から新中国が誕生しました。南洋協会が創立した年は、第一次世界大戦中でした。第二次大隈内閣は英国と同盟を結び、太平洋圏の平和と文明に貢献することを目的として、設立されました。その後、英会話学校「NOVA」が「異文化コミュニケーション」と改名、他言語の能力検定などの事業を行って来ましたが、2008年に「NOVA」から完全に独立したメンバーで構成される組織に移管されました。

  • 年表
南洋協会の歴代会頭

初代会頭
枢密院副議長 伯爵 芳川顕正
第二代会頭
男爵 田建治郎
第三代会頭
侯爵 蜂須賀正韶
第四代会頭
公爵 近衛文麿

元副会頭
貴族院議員 男爵 吉川重吉
元副会頭
藤山雷太
元副会頭
元台湾民政長官 内田嘉吉
元理事
男爵 東郷安
名誉会員
伯爵 牧野伸顕
名誉会員
男爵 山本達雄

  • 続きを読む
財団創立時の時代背景

1902/1 日英同盟締結
1903/4 ロシア軍再南下
    /5 ロシアが龍岩浦を占領し、朝鮮支配を目指す
    /10 ロシアが奉天占領

1904/2 日露戦争勃発
    /8 第一次日韓協約
    /9 日本が遼陽占領

1905/1 旅順開城
    /3 奉天大開戦
    /5 日本海海戦
    /8 孫文、東京で中国革命同盟会結成
    /9 日露戦争終戦
       (ポーツマス条約、ロシアより南樺太獲得、関東州租借)
    /11 第二次日韓協約

1906/3 鉄道国有法
    /11 南満州鉄道会社設立
1907/6 日仏協約、樺太庁設置
    /7 日露協約および秘密協定
       第三次日韓協約(日本の財政的援助)
    /9 ニュージーランド連邦成立

1908/2 日米紳士協定(日本人移民協定)
    /11 清帝国にて西大后死去
    /12 宣統帝即位、溥儀

1909/1 袁世凱失脚
    /8 日清間安奉鉄道問題解決
    /9 日清間島協約(間島問題の解決)
    /10 伊藤博文、ハルピンで暗殺される

1911/10 辛亥革命おこる
        (各省相次いで独立、外蒙古独立宣言、孫文が英より帰国)

1912/1 中華民国成立(孫文、臨時大総統に就任)
    /2 宣統帝退位、清朝終わる
    /3 袁世凱臨時大総統に就任
    /7 明治天皇崩御、大正天皇即位(~1926)

1913/8 孫文、日本に亡命
    /10 袁世凱が大総統に就任(~1916)
    /11 露中条約

1914/6・28 サラエボでオーストリア・ハンガリー君主国皇太子暗殺
    /7・28 第一次世界大戦勃発
    /8・1 ドイツがロシアに宣戦
    /8・3 ドイツが対フランス宣戦
    /8・4 イギリスが対ドイツ宣戦
    /8・6 オーストリア・ハンガリー君主国がロシアに宣戦
    /8・12 イギリスが対オーストリア宣戦
    /8・23 日本がドイツに宣戦布告
    /11 英仏が対トルコ宣戦
    /10 ドイツ領南洋群島占領
1915/1・30(大正4年) 日本で初めての財団法人「南洋協会」創立
    /5 イタリアが三国同盟を破棄してオーストリアに宣戦
    /8 イタリアがトルコに宣戦
    /10 英仏が対ブルガリア宣戦
1916/8 日中両軍交戦、ドイツがルーマニア、イタリアがドイツに宣戦
    /11 ドイツが占領地ポーランドの独立を宣言
1917/4 アメリカが対ドイツ宣戦
    /8 中華民国がドイツ・オーストリアに宣戦
    /9 孫文、廣東に軍政府樹立、ドイツに宣戦
    /11 ロシア革命
    /12 アメリカが対オーストリア宣戦

1918/4 日本軍ウラジオストク上陸
    /5 孫文辞職、日中共同防衛秘密協定
    /11 ドイツ革命(皇帝退位、ドイツ帝国が終わりドイツ共和国) 第一次世界大戦終わる

1919/1 パリ講和会議
1920/1 ベルサイユ条約批准、国際連盟正式に成立
1921/12 四カ国条約(日英米仏太平洋問題)
        日英同盟破棄、ワシントン軍縮会議

1922/12 ソビエト社会主義共和国成立

設立の背景や趣旨

(南洋協会20年史より)
起源 徳川幕府300年の鎖国政策は、国民をして井底の痴蛙たらしめ、世界的文化に接触するの機会を逸し、ついに欧米列強に追従するのやむなきに至らしめたり。幸いにして明治大帝の雄図により日清日露の両役を経て、南は台湾を領し、北にサガレンを収め、ついで朝鮮を併せ、ここに国運の伸張を見るに至れりといえども、なおもこれらの地域は、未だもって鬱勃たる我民力を伸ぶるに足らず、国力の充実を期せんか他にこれが発展地を求めざるべからず。(中略)殊に我邦と南洋とは地理的に歴史的に、経済的に最も親密なる関係を有し、民情また邦人に佳きものあり。然るにこれら南洋諸島に関する我国民の知識は、なお極めて稚弱にして遠隔せる欧米諸国民のそれだにも及ばず、彼の南洋人士の我国に対する所もまた同様なるを免れず、この欠陥を補って、我国の経済的発展をまっとうし、併せて親密なる交誼を進め、相互の福利を増進せんとする。これ本会創立の起源となす。
 かくて本会はその創立の端を明治45年(1912年)の春に啓きしもの、偶偶明治大帝の御登遐に遭い、加うるに政争相次ぎ時局安定せず、世を挙げて唯だ眼前の利に趨き、国家百年の長計を樹つるの遑なき際なりしにかかわらず、その創立は最も緊要なる挙として、各方面の官民有力者の一致的賛同経たり。
財団設立の経緯 1915年(大正4年)1月30日 築地精養軒において発起人創立総会開催。近藤廉平男爵座長席につき、台湾民政長官内田嘉吉君創立者を代表して従来の経過を報告す。
 南洋発展のことは数年来朝野の識者によって唱道せられし所なるも、未だ組織的発達を見ることかなわざりしは甚だ遺憾とせしところなり。広く南洋の事情を調査研究し、もって南洋利源の開発に努め、彼我民族の福利を増進するは、刻下の最大急務にして我大和民族の一大使命たらずんばあらず、しかるに偶々日独戦争の結果、昨秋帝国海軍のドイツ領南洋を占領するや国民の視線は南洋に集まり、我南洋発展は一層重大なる意味をもたらす事となれり。この際、我南洋発展に資せんが為、官民一致の公共的機関を創立するは決して徒爾にあらずと信じ、(中略)創立事務所を便宜上一時台湾総督府出張所内に設置することと為したり。
 爾来今日に至るまで朝野の名士約70余名の発起人を得て、本日創立総会を開くこととなりし次第なり。 本会は前述のごとき見地に立って創立されたるものにして決して何ら政治的意味を有せず、従って政党政派には何らの関係をも有せざるなり。また本会は直接に事業を経営するものにあらず、唯一広漠たる百万方哩の南洋諸島における無限の資源を調査研究して之を邦人に紹介し、彼我の事情を疎通し、もって帝国の発展に資せんとするに外ならず云々。それより創立総会に移り、本会の趣旨規約草案を附議して一括可決し直に役員の選定に入る。(中略)一同異議なく可決(中略)本会発起人諸氏の指名左の如し。
  • 発起人名簿
設立発起人

犬養毅 / 磯部保次 / 井上雅二 / 井上敬次郎 / 池田謙三 / 羽田浪之紹 / 服部金太郎 / 早川千吉郎 / 林田龜太郎 / 新渡戸稲造 / 堀啓次郎/星野錫 / 本多静六 / 鳥居龍蔵 / 床次竹二郎/土居通夫 / 大橋新太郎 / 小川平吉 / 小川●吉 / 大谷嘉兵衛 / 緒明圭造 / 大島健一 / 若宮貞夫 / 和田豊治 / 渡邉国重 / 加藤正義 / 河合鈰太郎 / 鎌田栄吉 / 上田満之進 / 吉田春吉 / 高田釜吉 / 竹内虎雄 / 竹越興三郎 / 中村房次郎 / 中村是公 / 中野武營 / 中島久萬吉 / 内田嘉吉 / 山成喬六 / 山本悌二郎 / 柳生一義 / 安場末喜 / 松井慶四郎 / 松岡均平 / 松山忠次郎 / 馬越恭平 / 政尾藤吉 / 増田増蔵 / 増田義一 / 福井菊三郎 / 藤瀬政次郎 / 小林丑三郎 / 郷隆三郎 / 郷誠之助 / 近藤廉平 / 寺島誠一郎 / 田健治郎 / 荒井泰治 / 秋山眞之 / 坂田重次郎 / 吉川重吉 / 木下新三郎 / 湯河元臣 / 目賀田種太郎 / 三村君平 / 箕浦勝人 / 宮尾舜治 / 宮島幹之助 / 白岩龍平 / 庄司義基 / 澁谷嘉助 / 澁澤栄一 / 下岡忠坂藤太郎 / 本山彦一 / 茂木惣兵衛 / 関直彦 / 鈴木貫太郎 / 鈴木梅四郎

  • 続きを読む
財団趣旨

 本設立総会において附議決定見たる本総会趣旨は次の如し。

 南洋諸島の広大なるジャワ、スマトラ、ボルネオ、セレベス、マレー半島、フィリピン群島のみをもってするも、およそ一百万方哩にして、無尽蔵の宝庫は世界民族の開発を待つあり。ことに我国と南洋とは地理的歴史的において、また経済的において最も親密なる千繋を有し、民情また邦人に佳きものあり。巨額の資本労力は現に注入せられ、将来益々発展の域に進まんとす。
 本会は汎く南洋の事情を研究してその開発を努め、もって彼我民族の福利を増進し、いささか世界の文明に貢献せんと欲す。想うに南洋諸島に対する我国民の知識および観念はなお極めて稚弱にして、遠隔せる欧米諸国民のそれにだも及ばず、彼の南洋人士の我国に対する所もまたまさにこの如くなるべし。今日に至るまで南洋に関する学術的社交的もしくは経済的の連絡を欠き、単に個人起業者の施為に一任して顧みざるはまことに遺憾とせし所なり。幸いに本会の創立によってこの欠陥を補い、彼我の経済的発展をまっとうし、あわせて親密なる交誼を進むるを得ば、一人国家の利益たるのみならずまたもって世界民族の慶福たらずんばあらず。大方の君子ねがあくば賛襄をおしむことなかれ。
 1935年、昭和10年6月28日現在 かくて年を送り齢を累ねここに創立20周年を迎えうるに当り、この間における規約並びに役員の変遷を述べてもって現行規約並びに現在役員に及ぶ所あるを順序とすべけんも之を総会の項に譲り、ここに現行規約並びに役員諸氏の氏名を掲げて本項を終わる(中略)。

昭和11年3月1日当時 現行規約(省略)

会頭 近衛文麿(公爵)
副会頭 藤山雷太
相談役 小川平吉、江口定條
会計監督 三宅川百太郎

評議員
伊東米治郎 / 伊藤次郎左衛門 / 犬塚勝太郎 / 稲畑勝太郎 / 石井徹 / 石原廣一郎 / 石塚英蔵 / 井上直太郎 / 井上雅二 / 井上敬次郎 / 井上治兵衛 / 井坂孝 / 入江海平 / 飯泉良三 / 蜂須賀正氏 / 原富太郎 / 原邦造/原田六郎 / 橋本圭三郎 / 西野元 / 法華津孝治 / 堀切善次郎 / 星野錫/東郷安 / 東郷茂徳 / 徳川義親 / 徳川頼貞 / 小川平吉 / 緒明圭造 / 大橋新太郎 / 太田政弘 / 大谷登 / 大谷光瑞 / 岡實 / 岡谷惣助 / 岡崎忠雄 / 岡本英太郎 / 岡部長景 / 賀来佐賀太郎 / 門野重九郎 / 河原田稼吉 / 河田烈 / 川村竹治 / 各務鎌吉 / 吉田茂 / 吉野信次 / 高山長幸 / 田中都吉 / 田村新吉 / 田島勝太郎 / 龍江義信 / 武智直道 / 相馬半治 / 鶴見左吉雄 / 中村房次郎 / 永井柳太郎 / 中川健蔵 / 野村徳七 / 黒田英雄 / 山地土佐太郎 / 山成喬六 / 山崎龜吉 / 山下龜三郎 / 山本悌三郎 / 安川雄之助 / 安田次郎 / 松井慶四郎 / 松江春次 / 町田忠治 / 藤田平太郎 / 藤田謙一 / 藤山雷太 / 藤山愛一郎 / 深尾隆太郎 / 福井菊三郎 / 後藤文夫 / 郷誠之助 / 近衛文麿 / 江口定條 / 出淵勝次 / 有吉忠一 / 有嶋健助 / 渥美育郎 / 坂本正治 / 桜内幸雄 / 木下信 / 結城豊大郎 / 三井米松 / 宮尾舜治 / 三宅川百太郎 / 白岩龍平 / 島田茂 / 幣原喜重郎 / 下村宏 / 下坂藤太郎 / 重光葵 / 平塚廣義 / 諸隈彌策 / 森廣蔵 / 森平兵衛 / 菅原通敬 / 鈴木貫太郎