東アジア情勢をSWOT分析で考察 南洋協会の人物と時代背景(中野有のシンクタンク・ジャーナル2015-12-22OA分をテキスト化)
12 月 17

中野:みなさんこんばんは。火曜日夕方6時はラジオカフェーシンクタンクジャーナルの時間です。世界の中の日本・京都を語る番組です。
 パーソナルティの大阪学院大学経営学部教授、並びに一般財団法人アジア南洋協会の理事長の中野有です。本日は、スペシャル番組ということでこれから15分間番組を8回連続で収録していきたく考えています。ちょうど100年前1915年第一次世界大戦の最中に南洋協会が日本の半官半民という国策に近いような形態で設立されました。100年記念番組として、南洋協会の理事並びに評議員のみなさんに集まっていただきまして、ヘネシーというブランデーを飲みながら思う存分語っていただきたく思っています。なぜヘネシーというブランデーかと申しますと、僕は坂本竜馬を尊敬しておりまして、坂本竜馬の弟子の中江兆民が岩倉具視一行の船に乗ってアメリカ、ヨーロッパへ1年8か月旅に出ました。その中江兆民が、3年くらいパリで生活し、東洋のルソーとして自由民権運動等の研究をして、日本に戻って来ました。当時、日清戦争が始まろうとする時勢でした。
 弱肉強食の帝国主義がアジアに蔓延する国際情勢の変化の中で、三人の酔っ払いがヘネシーというブランデーを飲みながら夜を徹して日本の進むべき道について熱く語りました。それは哲学者ヘーゲルの弁証法である正・反・合のアウフヘーベンの考察でもあります。
 3人は中江兆民の分身でありまして、一人は「豪傑君」で今日の日本の進むべき道は、日本が植民地化されることを回避するために大陸に進出すべきであると主張しました。そして酔いに任せて、これも中江兆民なんですが、パリから帰国した「洋行帰りの紳士」が日本の喫緊の仕事は、経済協力と文化交流を推進することで、西欧の列強や周辺諸国からの尊敬や信頼醸成が生まれ日本は決して侵略されないとの持論を述べました。今でいうソフトパワーを強調しているのですね。それを聞いていた3人目の中江兆民の分身、「南海先生」は豪傑君の主張は正しい、日本が大陸に進出しなければ日本というそのものが消滅してしまう可能性がある。しかし、大陸に出ることによって必ず戦争に負けて大変な状況になることは確かである。洋行帰りの紳士が言っていることは単なる理想にすぎない。しかし100年の時を経て、洋行帰りの紳士が語る理想は実現される可能性があるということを示唆しました。
 まさにこの南洋協会というのは南海先生のような南の海の深く広い思想を目指し、未来に向けてのビジョンを構築しようと考えた財団であります。そういう意味で今から、思う存分100年前に設立されました南洋協会についての歴史を振り返りながら考察すると同時に、財団のレガシーを活かしながら21世紀の今日のビジョンを探求したく思います。まずは今回のトークのメンバーを紹介させていただきます。年功序列で行きます。
 松本浩二先生です。
松本:はい、こんばんは。 
中野:松本先生は40年近く京都ノートルダム学院小学校の教員として教育に携わり、そして今は南洋協会の評議員の筆頭としてアドバイスをいただいております。次は大西広先生。
大西:はい、ご無沙汰です。
中野:大西先生は京都大学、若くして京都大学の教授になられて、世界マルクス学会の副会長をされました。
大西:だいぶ前ですけどね。
中野:現在慶應義塾大学の経済学部の教授です。
大西:はい、そうです。
中野:そして竹中正治先生です。竹中先生は僕がワシントンでお会いしたのは三菱東京UFJ銀行のワシントンの事務所に勤務されていた時ですね。
竹中:こんばんは、よろしく。
中野:はい、現在、龍谷大学経済学部教授です。
 そして僕の大の親友の李相哲先生です。財団の会長です。
李:はい、こんばんは。よろしくお願いします。
中野:先生は現在、龍谷大学社会学部教授でテレビでもお馴染みの東アジアの外交・安全保障等の専門家であります。
 ここからスタートですが、我々はヘネシーというブランデーを飲んで酔いが回ってきたところです。そこでまず李先生からいいですか。
李:はい、いいですよ。
中野:会長ですので。
李:100年前にヘネシーを飲みながら世界を語ったというのは今日初めて聞きました。その位歴史のあるお酒なんですね。このアジア南洋協会の前身の南洋協会についていろいろ調べていたんですが、創立メンバーがそうそうたるメンバーだとわかるんだけれども、一番初めの総会が築地の精養軒で開催されました。当時は東京にフランス料理が全然なかったんですよね。だからそこで、やはりワインとかを飲みながらやったんじゃないかと想像します。
 当時創立メンバーの中で一番有名というかみんなが知っている人を一人あげるとすれば、新渡戸稲造です。当時、彼はちょうど今の我々の世代なんですよ。57歳なんですね、ですから僕より少し上です。
中野:新渡戸稲造は財団法人南洋協会設立の数年後、第一次世界大戦の終了後に、国際連盟の事務局長ナンバー2としてジュネーブを本拠地に世界平和のために尽力しました。
李:そうですね。彼が武士道という本を書いたのが1900年ですね。ですから1900年は彼がちょうど38歳ですかね。それから15年後にこの創立メンバーになったというのは当時既にすごく有名だったんですね。
中野:そうですね。大西先生、南洋協会の発起人の一人が慶應義塾大学塾長ですね。
大西:そうですね。創立総会の座長は近藤廉平、それから発起人の筆頭には犬養毅が入っています。一応福沢の弟子です。
中野:犬飼も慶應ですね。
大西:100年くらい前に活躍した人物となると百何十年前に大学を卒業していないといけないですね。そうなるとどうしてもそういう古い大学から出た人間が多くなるのです。また、慶應義塾はあまり官界に行くな、政治家にあまりなるなと教えられましたが、その結果、財界系の人物の多い南洋協会とやはり関係が深くなったのだとこの創立メンバーを見て思いましたね。
中野:さて、竹中先生。経済学者としてこのそうそうたる創立メンバーをどのように思われますか。
竹中:昔のことは詳しくないのですけどね、みなさん昔の話をするので、私も昔の話をさせていただくと。私は大学の教員になる前に先ほどご紹介いただいた通り、30年間、三菱東京UFJ銀行で働いました。もともと入ったのは東京銀行という国際金融専門の銀行です。東京銀行というのは前身が戦前の横浜商金銀行です。いわゆる国策国有銀行です。当時日本の外国為替取引と国際貿易などに関する金融をほぼ独占していました。
 その頭取に高橋是清がなっております。高橋是清はみなさんご存知の通り、30年代前半の日本の大不況の時にケインズがまだ一般理論の本を出版する以前に財政と金融を総動員した一種のリフレ政策を実施しました。混迷する日本経済を救済する役割を果たしました。今日本はデフレという状況に90年代後半以降入っているわけですけれども、いろいろな形でリフレ政策が投入されて、どうなるかという状況にあります。まわりまわっての歴史、大きな循環のようなものを感じます。
中野:外交安全保障の限界の延長線上に戦争というものが勃発しているんですが、その背景には経済的ファクターが大きいですね。松本先生、先生にお願いしたいのは乾杯です。
松本:乾杯? 言いたいことあったんですが、乾杯になりましたので、「アジア南洋協会」創立100周年おめでとうございます。乾杯!! 乾杯!! ありがとうございます。飲めない私が飲むとちょっと興奮してきますが。
 ちょっとみなさんの発言にバイアスをかけるようなこと言いますが、日本は、戦争に対する反省をするとき、必ず出てくるのが国策という言葉なんです。「国策」でとか「帝国主義的」にとか「西洋列強に習って」とか、「植民地政策」でとか、「侵略」でとかね。これを僕は、きれいに排除して、戦後の意味がステロタイプになって新鮮に問えないので、日本の将来が見えないないのではないかと思うんですよ。今みなさんが「国策」云々と言っていましたけどね、『南洋協会』は確かに大正4年1915年にできたんですが、今問うべきは国策設立「南洋協会」100周年ではないと思います。
 実は、来年の1月30日に100周年を迎えるのですが、国策という言葉が使われるのは政府関係者がリードしたのは事実ですが、例えば座長の近藤廉平、彼は男爵で、つまり、宮中との関係、何らかの形で軍部との関係などであれ、やっぱり、当時すでにアンシャンレジュームになりつつあった帝国憲法によるようなところがあったと思います。それがすぐに「国策」という言葉を思い起させるんですが、この設立時には内田嘉吉が代表して挨拶をしているんです。この挨拶が実は素晴らしいですよね、台湾総督府の民生長官でしたね。
 彼がその時に言ったのは、これはあくまでも南洋の調査研究ではあるけれども、実は広く南洋の西洋列強進出を踏まえアジア南洋の理想郷の理念もあったわけです。更に福祉のためにもこの成果は生かすべきであるという話でした。だからそこはちゃんと抑えとかないと。
中野:南洋協会の役割を一言で言いますと、当時第一次世界大戦の最中に設立されたということは不確実性の高い状況における日本の明確な進路を探求する研究機関、今で言うシンクタンクの役割を担っていたように察します。この戦争でドイツは負けるんですが、ドイツが多くの南洋諸島を持っていたので日本が戦勝国として南洋諸島を手に入れました。そこで南洋を制する者は世界を制するということでこの半官半民の南洋協会がかなり力を持って南洋のエネルギー確保のために貢献し、そして教育分野にも力をいれて具体的な政策を実施したのだと思います。日清戦争と日露戦争に勝利した日本が第一次世界大戦でたいした貢献もしてないのに戦勝国になったことで驕りが生まれたという時代背景を想像します。
 15分番組を8回連続して行うのですが、何か最初は乾杯だけで終わってしまったようですね。酔いに任せてまた続けていきたいと思います。最初の予定とちょっと違いますが、最初から酔ってるんでこんなもんかと。みなさんエコノミストや社会学者いろんな分野の専門家ですので語ることは非常に多岐に渡っていくと思います。ということで南洋協会の紹介ということで第1回目これで終わりたいと思います。また乾杯!

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