8 月 20
 政権交代、略して「セイコウ」、英語で表現すれば「サクセス」か。とにかくかつてないほど、政治への関心が高まっている。これは実に健全な出来事である。日本の新聞や雑誌のコラムでは、アメリカの新聞等に比べストレートに意見を述べることは少ないようだが、今の日本の政治への不満を鑑みるとどうしても意見を発したくなるものである。世界観を持って世界の中の日本の政治の動向を大観してみたい。
 
 国家の総予算は正確にはいくらであるが知らないが、200兆円以上の莫大な予算の総組み換えを行うとの、何とも言えぬダイナミックな指針が民主党のマニフェストに示されている。実現されるには、多くのハードルに直面するだろが、政権が交代するということは、これぐらい何々省の縄張りを超えた前代未聞の公約の方が新鮮で興味深い。
 
 日本の常識は世界の非常識であると感じたのは、ドイツの高速道路(アウトバーン)を走っている時であった。ここでは、無料でかつスピード制限もない、まさにフリーウェーであった。一方、日本では天下の公道を走ったり橋を渡るのになぜ、高額のお金がかかるのか。10年ほど前にこの至極当然の疑問を日本で投げかけた時、高速道路には料金がかかるとか、道路の拡張や整備にはお金がかかるとの先入観に偏った返答がきたことが思い出される。
 
 世界の常識で考察すると、税金で建設された公共財は、市民生活を豊かにするためにあるのだ。にも拘らず、時間給が千円に満たないのに、高速道路を一時間走行すれば、それ以上の料金がかかるのは、全くおかしい。瀬戸内海に架かる橋を往復するのに半日分のパートタイムのお金がかかるのは何か狂っている。
 
 これらの市民生活を無視した現実は、省の利益・官僚の天下りや族議員の思惑が交錯して日本特有の政治風土により生み出されたものである。平たく表現すれば、政・官・財の鉄のトライアングルにおける、民意を反映した政治が弱体化したからこのような良からぬ慣習が常習化されたのであると思われる。
 
 来る衆議院選挙で期待されるのは、官僚や企業を中心においた市場経済至上主義から脱却し、民意を国政に反映し、「国民の幸せ、生存、繁栄」を実現するために真の政治を行う政治家を有権者一人ひとりの選択で選ぶことであろう。
 
 日本は米国に追随する条件反射的機能を備えているのであろうか。もし、そうであるとすると、自民党と民主党の一騎打ちにおいては、民主党が優位にあるように考察する。何故なら昨年11月の米国の大統領選において、民主党のオバマ大統領が圧倒的勝利を収め、共和党が敗退したからである。日本の自民党が共和党に近いとは言えないが、どちらかといえば、日米の民主党は大きな政府ということで類似しており米国の共和党と自民党は、過去の事例からも波長が合うようである。
 
 仮に米国の共和党政権が継続していたら、今回の選挙の空気も少しは保守的なものとなっていたであろう。世界を展望すれば、大多数の国において、政権交代が行われている。しかし、頻繁に行われる政権交代は、例えば資本主義から社会主義に変わり財産が没収されるというものではない。日本においても自民党と民主党のイデオロギー的温度差を実感することはない。
 
 選挙では外交・安全保障は票にならないので、どうしても経済・教育・福祉に焦点が合わされる。それは現段階では仕方がないことかもしれないが、日本から外交・安全保障に精通し、先進国・途上国を問わず、世界のリーダーと正々堂々と交渉し、平和と繁栄を構築する代議士が生み出されることにより、変化の日本が世界に示され、ひいてはそれが国民の繁栄に直結するように思われてならない。
8 月 06
 決して一つのコラムがきっかけとなり世の中が動くとは思わないが、時と場合によっては、想像以上の乗数効果が生み出されることがある。先日、ニューヨークタイムズに投稿された三宅一生氏の、核兵器廃絶に関するコラムは、最も説得力のある人物により、絶妙のタイミングで率直な意見が発せられたという意味で世界を動かすインパクトがあった。広島での被爆体験と、母を亡くされた三宅一生氏が、オバマ大統領の広島訪問を訴えたのだから、インターネット時代における世界の世論は黙っていない。
 
 オバマ大統領の核廃絶に向けた道義的責任を唱えたプラハ演説がきっかけとなりG8では、核軍縮と廃絶に向けた戦略が練られた。その伏線として、オバマ大統領の広島訪問が浮上している。
 
 恐らく、将来実現されるであろうワシントンが探る劇的な広島での米国大統領の核廃絶演説は、核兵器廃絶のみならず新たなる調和的・協調的な安全保障への歴史的パラダイムのシフトが生み出される可能性がある。その本質的理由として、イデオロギーの対立の終焉、9・11に端を発したブッシュ大統領のテロとの戦争の疲弊、そして世界金融危機から回復基調にある今、安全保障の分野における世界のコンセンサスを得られる絶好のチャンスであるからである。
 
 今、なぜ広島なのか?もっと率直な主張を日本から発信すべきでないだろうか。数年前、ワシントン滞在中に出席したワシントンのシンクタンク主催の核兵器に関するセミナーでは、冷戦中5万発の核兵器が保有されたが、どうして奇跡的に一発も使用されることがなかったか。という単純な命題が発せられた。その答えを導くために、煙に巻かれてしまうような複雑な要因を排除した場合、単純明快に一つ残るのは、広島・長崎の悲惨な経験が最大限の抑止的役割を果たしてきたという事実である。という主張が根底にあった。
 
 日本では戦争放棄とか集団的自衛権とか憲法改正とか、戦後長らく明確な答えが導きだされない議論が延々と続いてきたと記憶するが、今、もっと現実的であり、本質的であり、道義的に世界平和に関するメッセージが日本から発せられても良いのではないだろうか。それは、安全保障の聖地でもある広島において、日本国民の意思で世界を平和のために動かす明確な意思・ビジョンを発信することであろう。
 
 日本を動かすためには、外圧が有効であると言われてきた。三宅一生氏のニューヨークタイムズ紙へのコラムは、日本のメディアにも影響力を及ぼした。しかし、核兵器の問題は、世界の問題ゆえに日本国内で議論されるよりもっと純粋に日本発で世界を動かすという究極的な人類愛に根ざした問題である。

 
 数年目、ワシントンポスト上で、北朝鮮問題に関し、日本の主張が掲載された。あえて具体的内容は伏せておくが、それは広告用の紙面に述べられた記事であった。それを目にしたとき、偽りなき純粋な主張は、正々堂々と紙面をお金で買うのでなく、オピニオンコラムとして掲載されることに意義があると感じた。
 
 キッシンジャー、クリントン、カーター、ゴルバチョフなどがニューヨークタイムズの紙面でタイムリーなコラムを賑わせている。一貫して感じるのは、彼らがコラムを通じて伝達する主張には世の中を動かすとする純粋な意思が存在しているということである。真実なら複雑に語る必要はない。国際情勢の変化とその潮流を読めば、確実に広島発、世界を大きくシフトさせる安全保障・外交の新たなるビジョンが発せられように感じてならない。衆議院選挙の狭間においては、あえて世界の安全保障に目を向けてみたく思う。(世相9月号掲載)
8 月 06
 歴史上、世界から孤立した軍事国家の独裁者一人の意思で、核のボタンを押すことができる状況が存在したであろうか。金正一総書記の健康が急激に悪化し、精神状態も正常でない状況に直面した時、どのような予防防衛が行われるのか。ワシントンのシンクタンクでは、レッドライン、即ち北朝鮮がミサイルに核兵器を搭載したとき、予防防衛として米国による先制攻撃が行われる可能もがあるとの議論もなされている。
 
  昨今の北朝鮮による挑発的な核実験とミサイル発射の行為を冷静に判断すると、抑止力不在から、核攻撃の最大の危機が差し迫っていると言っても過言でない。このような危機に直面したとき、日本のメディアは、真実から目を逸らし、戦略的思考を伝えず、他力本願の安全保障に依存するとの特徴があるように思われる。
 
 北朝鮮を取り巻く国際情勢が、いくつかの負の力学により動かされている。例えば、韓国においては、太陽政策を推進した大統領が自殺した2日後に北朝鮮が核実験を行ったことで、北に対する怨念が深まっている。また、リーマンショックで、相対的に経済力を高めた中国に対する欧米のジェラシーとして、極東における局地紛争は、中国の力を削ぐためにはマイナス要因でない。数ヵ月後に実施される日本の衆議院選挙により、安全保障論議がタブー視されることから、日本における安全保障や外交が真空状態になる。米国の基幹産業の中枢であるGMの破産等、オバマ大統領は、米国内の経済を優先することから、北朝鮮への安全保障の対応が懸念される。米軍の核の傘の下で、攻撃的戦略に守られるという日米の矛と盾の役割分担が機能するのか不安材料が増す。
 
 朝鮮半島の38度線における、勢力均衡において北朝鮮の挑発行為に対し、日・韓・米が具体的な行動と結果を示さなければ、中国とロシアの勢力が増す。逆に、北朝鮮の核を抑止する意味から、日本が米国依存型の他力本願の安全保障から、核保有を含む自力本願の安全保障に変化することを中ロが懸念する。恐らく、中ロが北朝鮮の暴走を抑止する行動に出る。
 
 北朝鮮を抑止する戦略として、経済・文化協力を推進するソフトランディング、軍事力によるハードランディング、そしてその両方をミックスさせたスマートパワーによる戦略、そして現状維持を貫くステータスクオの4つが考えられる。ソフトランディングは、韓国が推進した太陽政策の失敗からナイーブだと考えられる。また、ハードランディングでは、危険すぎる。そこで、スマートパワーを具現化するために、国連常任理事国プラス、国連の事務総長を抱える韓国そして日本が中心となり、北朝鮮の核とミサイルを抑止する先制攻撃を含む予防防衛の脅しを示しながら、北東アジア全域を巻き込んだ大規模な社会資本整備を推進するグランドデザインが希求される。
 
 北朝鮮の暴走を抑止する戦略として米国による軍事的抑止力を強化すると同時に、日本と韓国が中心となり北朝鮮周辺を中心とする北東アジアに、日中韓の資金力と、日米韓の技術力、中国の労働力、ロシアの天然資源を相互補完的に共生させWin-Winの協調的安全保障を実現させる。北朝鮮の瀬戸際外交に対抗し、各国の足並みが揃わぬ経済制裁を行っても進展は期待できない。そこで、予測できる紛争後の復興支援と同規模の社会資本整備を予防外交の一環として北朝鮮と協議を重ね遂行することで自力本願による安全保障が可能となると考察する。(世相7月号掲載)