Japan,China,US(中野有のシンクタンク・ジャーナル2016-1-5OA分をテキスト化) AIIBと日本の役割(中野有のシンクタンク・ジャーナル2016-1-19OA分をテキスト化)
1 月 14

中野:みなさん、こんばんは、火曜日夕方6時はラジオカフェ―シンクタンクジャーナルの時間です。
 本日は、南洋協会100周年ということで、南洋協会の理事、評議員の方々に集まっていただきまして、世界を語りたいと思います。慶應義塾大学教授経済学部教授の大西先生、そして評議員の松本先生、龍谷大学社会学部教授の李相哲先生、龍谷大学経済学部教授の竹中先生、そして私を含めて5人でよろしくお願いします。
 だいぶヘネシーで酔っぱらってですね、松本先生のお父さんは満鉄で勤務されたと聞いているのですが、今日のテーマはジャパン、チャイナ、USということで討議したく思います。実は僕がワシントンにいる時に、ブルッキングス研究所、ジョージワシントン大学を経てアメリカ大学でジャパンチャイナUSというか東アジアの外交・安全保障に関する講義を担当しました。今世界を動かしているのはジャパンチャイナUSについて、具体的に分析する必要があると思うんですが、松本先生どうですか、
松本:ちょっと、満州の事は堪忍してください。李先生がいるので。ただ、私の母親は、釜山高女卒です。当時、朝鮮人の富裕層と交流があったようです。みんな朝鮮人というとひどい人みたいにいうけど、実は本当に李朝というんですか、その伝統を受けた人たちで素晴らしい人達だったと。教養もあり、素晴らしいと言ってました。
 親父はその影響があったかどうか知りませんが、当時朝鮮の学生を何人も下宿させているんですね。例えば試験を受けに来る時とか、商業高校の人もいたし、師範の人もいました。ところがそういう私的な、これは大西先生の話ですが、私的に非常に深い交流関係もあり、文化交流もあった、にもかかわらず、その満州とか朝鮮とかなると、国家レベルになるとこれは全然別問題なのですね。
中野:大西先生、僕が2003年ブルッキングス研究所にいる時、大西先生はニューヨークのコロンビア大学院で京都大学からのサバティカルで研究されていましたね。ブルッキングス研究所に来られて大西先生と初めてお会いしたんですが、あの時、熱くワシントンからチャイナの事について語ったんですが、覚えておられますか。
大西:そうですね。まず2003年から比べると今はだいぶ違う中国ができ上がっていますね。これは一つのポイントですね、すごく大きくなってきて、後に議論されるAIIB(アジアインフラ投資銀行)とか、この中国をどう評価するかという点では、この変化に対応することが大切ですね。私は日中友好協会に関わっているのですが、やっていてもそう思うんですね。それはやはり、どの国も割と似たような経過で、産業革命があってものすごい経済成長があってその後に対外的な拡張というのが起こります。だから中国はそんなにいい話ばかりではなくてそういう対外的な拡張という危険も持っています。
 ただ、私が言いたいのはそれを批判するだけではだめで、日本はまるきり同じことをしてきたので、うちはしていませんと、あなただけがしてるというのは、通用しないということです。ここら辺が大事かなと思います。
中野:李先生どうですか、大西先生のリスポンス。
李:あのう、中国の事ですか? 中国はやはり、この20年間に想像を絶するというか想像できないくらい大きくなりましたね。
中野:だけどもともと中国って、アヘン戦争までは世界の中心でもありましたね。
李:当時世界のGDPの30%近くを占めていました。当時どういう風に計算したかちょっと知りませんが。今の中国はでちょっと問題なのは、大西先生がおっしゃったように、昔の価値観、帝国主義時代のそういう価値観からまだ抜け出せてないんですよ。だからその、例えばアヘン戦争で負けて我々はひどいめにあったから、富国強兵じゃないけどそういうパワーで世界を何とかやろうと考えているんですね。そのような発想はだめなんですよ。
 しかし、中国はその時代のことが頭の中に残っていて、ハードパワーばかりで考えようとする。中国はソフトパワーを備えてないですよ。アメリカとか特に日本はそういう面ではとてもすぐれているんです。
中野:まだ未熟ということですか。
李:中国はそこをやはり強化していかないと。
大西:経済力の全くない毛沢東時代にはある種のソフトパワーでやるしか方法はなかったと思うんですね。経済力も軍事力もないから、それで共産主義のイデオロギー——これもソフトパワーです——とか人道外交で中国は良いことも行ってきました。それが今経済力がついてきたもので、アフリカにお金出したり、大きな軍艦を作ったり、といういう風に変ってきています。すごく残念ですね。
中野:すみません、大西先生は世界マルクス学会会長であり慶應義塾大学の経済学者。竹中先生はどちらかと言えば、反マルクスの考え方ですね。
竹中:いやいや、それは誤解です。僕は1970年代後半の東大の学生ですからね、どっぷりとマルクス経済学を勉強した学生でした。その後は民間の銀行でマーケットの世界に入って、30年かけて世界観が大きく変わった人間です。日本、中国、米国の問題でひとつ気になるのは、象徴的にいうと米国の大統領候補選でトランプ候補が台頭していることです。最初はみんなアメリカの知識人たちはあんなのは一時の事だよと思ったにもかかわらず、共和党保守の有力候補としてトランプがトップを走り続けるわけですよ。これはいったいどういうことだ。これはアメリカにとって非常に危険な兆候だと思っています。
 同じような兆候は例えばフランスでもあるわけでしょう。ルペンが率いる極右の政党が勢いを伸ばしていますね。こうした右派ポピュリズムみたいな勢力が選挙で、ものすごい支持を集めていますね。その背景には何があるかというと、一つは富の不均衡、所得格差の拡大に対する大衆的なレベルのフラストレーション、後はやはりテロリストの脅威にさらされるという緊張感もあるでしょう。これは消して日本にも無縁なことではないと思います。
中野:20世紀の今日チャイナUSが世界の第1第2の経済大国であり安全保障の面でも影響力は極めて大きいです。大国の狭間の中でジャパンとしては太平洋を挟んで何ができるのでしょうか?
李:先のマルクスの話ですが、僕は他の知識は乏しんですが、修士学位論文でマルクスを書いたんですよ。マルクスは実は新聞とかのジャーナリストで、何かメッセージを発信したいと考えていました。ライン新聞ですが。
 当時、わたしはマルクスの全集、それを全部あさって、そこから新聞に関する論文を全部読んで、(中野:ロンドンの図書館へ毎日いかないとだめじゃないですか)幸いに日本に全部あるから、それはなかったですが、それで結局得た結論は、マルクスは社会主義国のそういう新聞と全く真逆の新聞の自由を一番強く主張している自由主義者なんですね。ただ、マルクスを正確に理解するには専門家が必要ですけれど。
大西:かなり賛成ですね。要するに、マルクスというものにはそれを自由主義的に解釈するものと権威主義的に解釈するものという2種類の全然違う種類の解釈があるのですが、私はマルクスは明らかに自由主義者と思っています。
中野:え、自由主義者なんですか。
李:あの人の魂というのはすごく自由ですね。
竹中:これは歴史の皮肉で、例えば既に崩壊しましたが80年代のソ連は、「我々はマルクス主義に基づいた国家です」と言っていたわけです。また今の中国も随分変質しましたが、依然「マルクス主義の国家です」とか、「その末裔です」とか言っていますが、今マルクスが蘇ってそれを見たら、とんでもないと言ってびっくりするのか、爆笑するのか驚くのかよくわからないが、そういうことになりますよ。
大西:自分を正当化するために全然違うものを取り入れるなど、世の中ではいろいろありますが、それと同じですね。「平和」というスローガンで戦争をしたみたいなものですね。平和と言われれば平和なのだろうと思う人もしますが、まるっきり逆という人もいくらでもいます。
中野:もしも1915年って100年前の南洋協会に戻ったとしたらと想像してラジオでトークをしているんですが、100年前、もし我々がどうなるということを知っていたと、だけどここでどうなるってわかっていてもどうすることもできなかったでしょう。だから、中江兆民の三酔人経綸問答に登場する中江兆民の分身の豪傑君、洋行帰りの紳士、南海先生の三人は、自分の力の限界を超越した世界情勢の矛盾の中でアウフヘーベンを探求しようと試みたのだと思います。
 どうしたらいいか、僕はこうしたらとわかっていてもその時の国際情勢の変化とか天皇との関係とか、いろんなことを考えると行動できなかったと思いますね。
李:近衛さんは第4代目の会頭ですが、彼の行動を見ていると、当時戦争は負けると、しかしもう東条英機に任せようと、いう風に消極的にやっているんですよ。どうしょうもないと。その時天皇陛下に責任が行かないようにするにはどうしたらいいかと考えていたのでしょうけれど、歴史には逆らえななかった。
中野:では来週。

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